私の両親は、私が小さい頃に病死しました。
最初は父が病に侵され、母の看病の介も無く息を引き取り、そしてその数日後に母が後を追う様に亡くなりました。
これまでの看病疲れが祟ったのだそうです。
両親が亡くなり、私は親戚の元に引き取られましたが、正直良い待遇は、あまり受けられませんでした。
私を引き取ったのは父の兄で、叔父は私を可愛がってくれたのですが、叔父の嫁が私をとにかく嫌っており、どうにか一家の食事に私を加えない様、無理矢理部屋に籠らせて宿題をしながら食事をする様に言い、他にも適当な理由を作って私を家族から隔離させようとしていました。
しかしそんな事が叔父にバレない訳が無いので、その事で叔父と義母が喧嘩する事はしょっちゅうでした。
それが原因で二人は別れてしまい、私は申し訳無さでいっぱいになったのですが、叔父は私に「あいつと結婚した俺に問題がある」と言い、私を慰めてくれました。
その後、中学にも進学して、学費も工面して貰えて、感謝してもしきれないくらいでしたが、高校1年の秋頃に叔父がリストラされ、収入がゼロになるという厳しい状況に陥りました。
叔父と義母との間の子達は、ひとまず義母に預けられる事になったのですが、私は当然そういう訳にもいきませんし、このまま学費を支払っていく事は厳しいかもしれないと思い、高校を辞める事を決意しました。
その決意を叔父に話したら、最初は反対されたのですが、新たな就職先が見つからない状態が続き、結局高校を辞める事になったのです。
義父は、本当に申し訳無さそうに謝っていました。
けど、私をここまで育ててくれたのに、謝られる覚えはありません。
私は、とにかく就職しようと思い、必死で職を探しました。
いくら高校中退とは言え、選ばなきゃ、いくらでもあるだろうという気持ちで挑んだのを覚えています。
求人サイトで色々探して、とにかく面接を沢山受けて、やっと受かったのがパン屋さんのお仕事でした。
元々料理が好きだった事もあって、この仕事に受かった事は、本当に嬉しかったです。
当然パン屋さんは朝早くから営業を始めますから、朝早く出勤しなければなりませんでした。
それでもパンのいい匂いが、とても幸せな気分にさせてくれて、仕事がすごく楽しいと感じていました。
問題の叔父の再就職先ですが、何とか見つかったものの、転勤する事が条件だった為、地方の寮で暮らす事になりました。
自宅はマンションやアパートでは無く一軒家なので、一人で暮らすには何とも寂しいものでした。
義母の元に行った義兄弟たちと、もう一度暮らしたいと思っていましたが、義母がそれを許しそうもないし、義兄弟達もその事を懸念していました。
義兄弟とは本当の兄弟の様に接していて、彼らも義母には私の事を悪く言わない様に反論していた様です。
そうすると義母はヒステリックになる様で、今では、なるべく義母の前では私の話をしない様にしているそうです。
ただ、プライベートでは頻繁に遊んでいて、先日も私が働いているパン屋のイートインで、長い事寛いでいました。
店の人達とも義兄弟達は仲良くなって、常連以上の間柄です。